背景小説@洛葉みかん

 四月。我が高校の門前にも桜が咲き乱れ、新たな出会いを予感させる風が辺り一面を包む。
 校門では部活動の銘々が声を張り上げ、ひとりでも多くと来たる新入生を勧誘している。対面式を終え、学年歴の上では仮入部期間に突入しているのだった。もちろん私の所属する文芸部もその輪の中に……というわけではなく、今は盛り上がる人の群れを部室の窓から見下ろしている最中だった。
「どうするんですか、センパイ? 本当に勧誘行かないんですか?」
 外から目を離し、「センパイ」の方を振り返る。
「何度も言った通りだよ。ワタシにとっては新入生より今書いている原稿の方が大切だし。それに……」
 それに、という言葉の後、彼女は机の上を指差す。
「ちゃんとビラは作った。文句はないだろう?」
「……これで部員が来てくれたら、ですけどね……」
 ビラ、と呼ぶにはあまりにもお粗末な用紙を拾い上げる。必要最低限のことしか書いていない、部員を集める気がてんでないような代物だ。
 視線を上げると、彼女はまた手元のパソコンに視線を移している。彼女は――桂みなとは、だいぶ変わっている人だ。三度の飯より小説が好き、人付き合いより小説が好き……ここが文芸部じゃなきゃ間違いなく社会不適合者だ。
 そんな文芸部は、二人いた三年の先輩方も卒業してしまい、私とセンパイの二人きりになってしまっていた。そこで廃部を防ぐべく新入部員を……と思ったのだが、肝心のセンパイがこの調子では先が思いやられる。
「はあ……」
 私にできるのは、こうして窓の外を眺めながらぼんやりすることだけなのだった。
 憂鬱な思いに浸っていると、私の背後からセンパイが呼びかける声が聞こえる。
「そういえば、駒場。次の機関誌に出す原稿、上がった?」
「いや、まだ半分くらいです」
「そう。ちょっと見せてもらってもいい?」
 私のUSBメモリを受け取り、センパイは自前のパソコンで書きかけの小説を読む。普段気怠げなセンパイがやる気を出すのは、こうして活字を前にしている時くらいだ。
「……普段からこうだったらいいのにな……」
「……? 何か言った?」
「いえ、何でもないです」
 最後まで進捗を読み終えると、彼女は目ざとく印を付けていった。
「ここは誤字、こっちはこれの方が意味が伝わりやすいかな。プロットと照らし合わせると……このシーンはちょっと説得力が弱いかもしれない」
「……流石ですね」
 伊達に小説を書いているわけではない、ということか。悔しいけれど、ぐうの音も出ない。小説以外ならセンパイより私の方が上なのに。

* * *

「これで終わりかな……」
 印刷したビラもどきを校内中に張り終わる頃には、下校時刻がもうすぐそこまで迫ってきていた。インパクトが足りないなら数で勝負だ、とビラを張りすぎたせいで時間がかかってしまった。
「お疲れ様です」
 部室に戻ると、センパイはまだ小説を書いていた。こちらを一瞥すると、またすぐに自分の作業へ戻る。
「センパイの筆力なら一日七千字は堅いでしょうに、いったい何書いてるんですか……」
「夢のSF感動超大作。これは良い出来になりそうだ」
「そうですか……」
 どうやら次の機関誌も九割くらいはセンパイの作品になりそうだ。というか、そもそも載せる人が私とセンパイしかいないんだけれども。
「私は帰りますからね。戸締まりだけよろしくお願いします」
 さあ、帰ったら私も原稿の続きをしよう。そう思ってドアノブに手を掛けようとした矢先、センパイの声が私を呼び止めた。
「あのさ、駒場……少し、いいかな」
「……なんですか?」
 その声に応じて振り返る。彼女はいつになく不安げな目をしていた。普段飄々としている彼女の眉が垂れ下がっている。それだけで、何かあったのかと思い当たる。
 次の声を待っていると、センパイはぽつりと言葉を漏らした。
「駒場はさ……ワタシのこと、嫌いかな」
「へっ……?」
 彼女から発せられた思いも寄らぬ問いかけに、思わず気の抜けた声が出る。
「ここ最近……ずっと、素っ気ない態度だったから、嫌いなのかと、思って」
 別にそんなことない。そう言いかけて、ふと思い返す。そういえば、全然新入部員を集めたがらないセンパイに、私はずっとイライラしてたんだった……。
 負の感情は、思った以上に伝わりやすい。私、いつの間にかセンパイを不安にさせてたんだな。
「……じゃあ、逆に聞いてもいいですか。センパイは私のこと……好きですか?」
「…………」
 少し意地悪な質問をしてしまったかな。困惑する彼女だったが、やがて首を縦に振った。
「好き……。駒場と――みのりと過ごす時間が、好きだよ」
 そう言って、彼女は柔らかく微笑んでみせた。センパイ、こんな顔もできたんだな。
「……私も一緒ですよ。大好きです、みなとさん」
 その笑顔に笑い返した瞬間、下校時刻を告げるチャイムが敷地中に鳴り響いた。
「そろそろ時間ですね。さ、帰りますよ、センパイ?」
「ふふ、分かったよ、駒場」
 部室の鍵を閉めて、鍵を返しに二人並んで廊下を歩く。
「そういえばセンパイ、結局部員は集めるんです?」
「……嫌。駒場と一緒にいられなくなるから」
「そう言うと思いました……」
 ……まあ、ちょっとくらいならいいかな。もう少しだけ、このふたりぼっちの文芸部を楽しむとしよう。お互い笑い合って、手を重ねるのだった。

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